奈良の西大寺(※注1)の長老、静然上人(※注2)は腰が曲がっていて、眉毛が真っ白で、なんとも聖なるオーラを発散させながら、宮内庁へやって来たのを、西園寺実衡内大臣(※注3)が、「とってもありがたいお姿です」と言ってめろめろになっていたので、日野資朝(※注4)がこれを見て「ただ単に老人なだけです」と言った。
それから何日かたって、日野資朝は毛が長くたれている犬がよぼよぼに年を取って、所々毛が抜けているのを家来に曳っぱらさせて、「この犬も大変ありがたい姿に見えます」と言って、内大臣にプレゼントしたそうだ。
■注
(※注1 奈良市西大寺町にある真言律宗の本山)(※注2 西大寺の四代目長老)(※注3 第八十三段の「竹林院入道左大臣殿」の息子)(※注4 権中納言。後醍醐天皇の鎌倉幕府追討のクーデター計画がばれて鎌倉に左遷される。その後、佐渡に島流し。その後、元弘の乱の勃発により斬られる)