徒然草 第七十段 クリックすると原文を隠すことができます

元応の清暑堂の御遊に、玄上は失せにし比、菊亭大臣、牧馬を弾じ給ひけるに、座に著きて、先づ柱を探られたりければ、一つ落ちにけり。御懐にそくひを持ち給ひたるにて付けられにければ、神供の参る程によく干て、事故なかりけり。

いかなる意趣かありけん。物見ける衣被の、寄りて、放ちて、もとのやうに置きたりけるとぞ。

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■ 現代語訳 クリックすると訳文を隠すことができます

 後醍醐天皇の時代(※注1)、平安京の清暑堂(※注2)のコンサートホールで演奏会が開かれたのは、宮中に秘蔵されていた玄上(※注3)が盗まれた頃であったが、琵琶の名手、菊亭藤原兼季(※注4)が同じく名器牧馬(※注5)を弾くこととなった。席について座り手探りでチューニングをおこなっていたところ、支柱を一本落っことしてしまった。菊亭藤原兼季はポケットに米を練って作った糊を忍ばせておいたので、修理した。準備が完了してお供え物が飾り終わる頃にはよく乾いていて、演奏には差し支えがなかった。

 何か恨みでもあったのだろうか? 観客席から覆面女が乱入して、支柱を取り外して、もとどおりにして置いたのだという。

■注

(※注1 「元応」は後醍醐天皇の時代の年号)(※注2 平安京、豊楽院にあるお堂の一つ。神楽、神馬楽などが催される)(※注3 琵琶の名器で平安京に秘蔵してあったが盗難にあった)(※注4 太政大臣西園寺実兼の四男で琵琶の名手)(※注5 琵琶の名器で平安京に秘蔵してあった)

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