暇で放心していることに耐えられない人は、何を考えているのだろうか? 誰にも邪魔されないで、一人で変なことをしているのが一番いいのだ。
世の中に洗脳されると心は下界の汚れでべたべたになり、すぐ戸惑う。他人と関われば、会話はごきげんを伺うようになるから、本当の気持ちを伝えることができない。人と戯れ合って、ものの取り合いをしたり、恨んだり、喜んだりする。いつも情緒不安定で、妄想が膨らみ損得勘定も果てしないものになってしまう。戸惑っている上に酔っぱらっているようなものだ。そのうえ泥酔して墜落し路上で夢を見ているようでもある。忙しそうに走り回るくせに、ボケっとしてすぐ忘れてしまう。人間とはみんなこのようなものなのであった。
仏になろうと思わなくても逐電して静かなところにこもり、世の中に関わらず放心していたら、仮寝の宿とは言っても楽しいことかもしれない。「どうやって生活するか、人とどう交際するか、テクニックの研磨、お経の練習なども全部辞めてしまえ」とレッドチャイナに伝わる『マカシカン』(※注1)に書いてあった。
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(※注1 中国天台宗のバイブル)