六日ごとに一日やってくる赤舌日という不吉な日の事は、占いの学問では取り分けて問題にすることではない。昔の人はこんなこと気にせずに暮らしていた。最近になって、誰かが言い出して、不吉な日だと避け始めたのだろうか? 「この日の出来事は最終的にうまくいかない」と言ってみたり「その日に言ったことや、したことは完結しない」とか「手に入れた物は、紛失して、計画した野望は座礁する」と言ったりするけど、そんなことは馬鹿らしいことだ。あえて良い日取りを選んで始めたことの行く末が、あげくの果てにうまく行っていないことが多すぎるのを見ても、赤舌日に始めたことがうまく行かないのと同じぐらいの確率だと思う。
どうしてなのか解説すると、世の中は目まぐるしく変化を続け、そこにあって目に見える物も、そのままの形でいつまでも存在することはできない。はじめはうまく行った出来事も、最後まではうまくいかない。目的は達成できないのが常で、欲望だけが膨れあがるのだ。人の心は常に矛盾をしていて説明できなく、物質はいずれ空中分解してしまうことにおいてはファントムのようなものである。この世に一つでも、そのままの姿で有り続けることができるものなんてあるはずがない。普通の人間は、この当たり前のことを知らないのだ。たとえば「日柄の良い日に悪いことをすると、ろくな事が起きず、日柄の悪い日に良いことをすれば、きっと良いことが起こる」なんて言ったりするけど、物事の良い悪いは、人の心の問題で、日柄なんて全然関係ないのであった。